2017年7月22日土曜日

たけのこ芋(京芋)の除草追肥土寄せ


今日もいい天気だった。
梅雨明け後、いい天気はどうもいかん。
曇っている方が畑仕事はやりやすい。
畑に着くと、私の畑の隣でされている方がもうすでに来ていた。
トマトはどうですかと聞くと、大玉は完全に駄目になったと言った。
桃太郎を収穫してお渡しした。
ゴーヤも5から6本収穫してお渡しした。
ついでにスイカも一つお渡しした。
釣りも趣味でお魚をいつも頂いているので、お返しも兼ねてお渡しだ。
喜んでいただいた。


今日の予定はたけのこ芋(京芋)の除草追肥土寄せだ。


まずは草刈り機で草を刈った。


土寄せ後第1畑の草も刈り取った。

相方が来た。
収穫を一緒にした。
オクラや

ナス、キュウリ、インゲン等々を収穫。

ナスは雌花が突出していた。
栄養常態がいいみたいだ。


大分前に収穫して小屋の中に置いていた、ジャガイモも車で自宅に運んでもらった。
相方は収穫だけで畑作業は終了だ。




私は炎天下の中、追肥と土寄せを終わった。

本当に暑かった。

15分ごとに休み、ペットボトルの水を飲み飲み頑張った。


2017年7月19日水曜日

根深ネギの定植


植え付け予定の第2畑の小屋前は7月15日に除草した。
ここに約1メートル間隔に紐を張った。
約10センチ幅の鍬で紐に沿って深さ10センチあまりの穴を掘った。

次はネギの掘り出しだ。


ネギは3種類あるが、今回は根深ネギの2種類だ。
まずは手前のホワイトツリーから掘りあげた。
それが終わり、ホワイトソードを掘りあげた。
どちらも順調に大きく育っている。


植え付けた。
指2~3本間隔でネギを差し込んだ。
例年枯草やわらなどを穴に入れ込むのだが、今年はそれがない。


ネギは強いのでそれでも育つだろう。


左一条と真ん中の条半分がホワイトツリー。
そして、右の条と真ん中の条上半分がホワイトソード。
分かれ目にはしるしを差し込んでおいた。

10月少し涼しくなる頃から追肥と土寄せをやって太く長い根深ネギに仕上げていきたい。

梅雨も明けた。
作業をしていると、体全身から汗が噴き出てくる。
30分ごとに少し休み、水を飲み飲み作業をした。
身体をいたわり、これからの長い人生での農業を楽しみたいものだ。


2017年7月15日土曜日

スイカ収穫


6月9日に受粉したスイカ。
あれから35日。収穫の日を迎えた。




今年は大きなスイカが多かった。
今日収穫したのは9個。
殆どが8キロを超えていた。
6月9日以降に受粉したのは残してある。
5個か6個ぐらいだろう。

夫婦協力して車に積み込み自宅に運んだ。

娘夫婦にも早急に送ろうと思う。


ゴーヤやナス、トマトなどほかの野菜も収穫した。
ゴーヤは出来すぎだ。

たった3株しか 植えていないが、このありさま。
葉っぱを大分伐った。

昼から第2畑の小屋前の除草をした。


ここはジャガイモを収穫したのち、そのままにしていたら、草畑になってしまった。


三角ホーで草を削っていくが、草丈が大きくなりすぎて、なかなかはかどらなかった。

あまりの暑さで、根気が続かなくなり、午後6時過ぎに途中で終わった。


上から見下ろしていたカラスが、大きな声で、アホーと鳴いた。

こいつは私の行動を監視していたらしい。

根性なしと言っているみたいだ。


2017年7月14日金曜日

田園

この頃本当に涙もろくなってきたとつくづく感じる。

玉置浩二さんの「田園」を早朝から聴いていた。
なぜか、涙が流れてきた。
生きていて、良かった。
本当によかった。


2017年7月13日木曜日

読書感想 まだGHQの洗脳に縛られている日本人


ケント・ギルバートさん著書のPHP文庫。

昔々子供の頃、たぶん中学生頃だったと思う。
アメリカの大統領フランクリン・ルーズベルトが行ったニューディール政策がいいとかいう勉強をした記憶がかすかにある。
たぶん、先生も私ら子供もこの政策の本質は何にも知らなかったのだろう。
そうであるから、ルーズベルト大統領に悪い記憶は持っていなかった。
しかし、アメリカ人であるケント・ギルバートさんが書いたこの本を読み
大東亜戦争の仕掛け人はこの人だったと確信した。
そして、終戦の少し前、1945年4月12日にフランクリン・ルーズベルト大統領は病死。
これが無かったら今の日本はアメリカ、ソ連、イギリス等に分割されていたかもしれない。
日本にとって一番の悪はこの人だった。
真珠湾の真実は徐々に明らかになるだろう。
櫻井よしこさんのGHQ作成の情報操作書「眞相箱」の呪縛を解くを今から4年前の2013年8月に読んだ。
いったん頭に入り込んだ洗脳から逃れるのがいかに難しいかよく分かる。
日本を貶める結論ありきのマスゴミがいかに多いか。新聞を読む時も雑誌を読む時もテレビを見る時もラジオを聴くときも本を読む時も何を意図しているのかよくよく考えて見聞き読むようにしないと洗脳されてしまう。


2017年7月12日水曜日

酒の飲みすぎを反省


完璧に記憶を失くした。
仕事休みの早朝、PCを見ながらちびちびと薄めの焼酎を飲んだ。
7時半ごろ、畑作業に行かなければと、生ごみの入ったバケツを持って畑に向かった。
ここまでは記憶がある。
ここから先が思い出されない。
スマホに一枚画像があった。
行くまでの道中の景色を撮ったものだ。
確かに行っていた。
相方に聞くと、畑に行くと言って、出かけたが、すぐに帰ってきたそうだ。
しんどいとすぐに寝間に行き、寝たそうだ。
酒の飲みすぎで記憶障害になったのだろう。

翌日、確かめるために、仕事に行く前の午前4時半ごろ畑に向かった。
第2畑の入り口は開いていた。
いつも腰にぶら下げている剪定ハサミなどの道具は第2畑の小屋前の入り口のワイヤーメッシュにぶら下げていた。
たぶん、少し寝てから、また畑に戻ってくるつもりだったのだろう。
生ごみの入ったバケツは第1畑に入った入り口右に置いてあった。
入り口の扉は開けていなかった。
確かに畑には行ったのだ。

気を付けなければいけない。

酒を控えよう。

いつもなら2杯3杯と飲む酒も、今晩は1杯だけにした。




2017年7月8日土曜日

読書読書感想 朝井まかて 眩くらら


本当に感動を頂いた小説だった。
1760年葛飾北斎は生まれ、1849年に没した。
当時としては長生きも長生き約90年生きた。
この本は葛飾北斎とその娘で画家応為の生涯の物語だった。
江戸時代の始まりは1603年、終わりは1868年。265年。
幕末の江戸の情景を思い浮かべながら、一気に読めた。
北斎の画で私が知っているのは富嶽三十六景ぐらいで、
それ以外は何にも知らなかった。
あれだけ世界中に影響を与え、今でも人々に親しまれている葛飾北斎でも
借金に追われ、贅沢もしていない。
北斎親父も娘応為も死ぬまで現役を通したそうだ。
小説の所々によく出てくる言葉が印象に残っている。
これは私もいつも思っていることだから余計に印象深かった。

安穏な日々から出立するなら、今しかない。
もう六十かもしれないが、先々のあたしから見たら、
今日のあたしがいっち若いじゃないか。

当時の60歳は今の時代の何歳に当たるかわからないが、想像では100歳近いのだろうか。

私もつい先月、68歳になった。

でも、いつも思い出す言葉で元気を頂いている。

今日が一番若い。
これからくる私の人生の中で。

I am the youngest today.
coming in my life.

英語の方は自信がないが。